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裁判員裁判 情状事件の醍醐味
~通貨偽造・同行使 量刑と執行猶予~

弁護士会で配布される今月号の二弁フロンティアに、私がはじめて主任を務めた裁判員裁判の記事が掲載されました。うちの事務所の佐藤優弁護士とともに担当した事件です。他のレポートの事件に比べ、なにか目立った弁護成果があるわけではないのですが、、裁判官、裁判員、検察官、弁護人、通訳さん、証人、という裁判の関係者が、心からの反省を示す被告人に対して、その更生を願ったいい裁判だったと思いましたので、報告させていただきました。できれば、弁護士だけでなく、これから裁判員に選ばれる可能性のある方にも読んでもらいたいので、ここに、掲載します。

【はじめに】

今年の3月29日、私自身初めて主任を務めた東京地裁での裁判員裁判の判決が言渡された。国選弁護人として一緒に担当した、事務所のボス佐藤優弁護士とともに固唾を飲んで判決を聞いた。 62期(3年目)の若輩弁護士と28期(37年目)の経験弁護士が、施行後3年を迎える裁判員裁判を体当たりでチャレンジした記録をご紹介する。

【事案の概要】

本件は、スリランカ国籍を有する25歳の専門学校生がGoogleで検索し、ダウンロードした画像を用い、偽の一万円札14枚を自宅のパソコン、プリンターを用いて作成した行為が行使の目的をもって通貨を偽造したとして通貨偽造罪に問われるとともに、2度、偽造一万円札をタクシーの料金支払いの際に乗務員に示し、本物の一万円札と偽り行使した行為が2件の偽造通貨行使罪に問われたという通貨偽造同行使事件である。 被告人は、そもそも、偽造通貨はスリランカにいる妹の友人の大学の論文(世界の文化を紹介する内容)の作成のための資料として妹に郵送する目的で作成し始めたものであるが、それが簡単に上手く作れたことから、本物のお金として使用したいと考え、本物の紙幣の素材に近い紙を購入し、完成品を作り出し、これを行使したという事案である。

【本件の争点】

本件では、公訴事実に争いがなく、争点は純粋な情状である。より端的にいえば、実刑判決か執行猶予付き判決かである。本件は、スリランカ人青年による犯罪であり、実刑判決にして日本の刑務所に服役させるか、執行猶予付き判決にして、その後、退去強制処分で帰国させるかという点が争点であった。

【公判前整理手続】

公判前整理手続きに先立ち、当事務所の佐藤優弁護士を2人目の国選弁護士として選任するよう申し出、これが認められた。  第1回公判前整理手続では、予想通り、早速裁判官から公判期日に関する打診が行われた。最近は公判前整理手続を迅速に終結させ、起訴後速やかに公判が開かれるよう運用がされており、裁判官は、早い段階で、公判期日の予約を取る傾向にある。本事件でも、3ヵ月後の3月26日からの週を公判期日予定日として調整がされた。 弁護人としては、拙速な公判前整理手続きになることを避けるべき事件もある。しかしながら、本件においては、公訴事実に争いがないこと、弁護人請求証拠提出の準備が早期に整っていたこと、そして、なにより執行猶予付き判決が不可能ではないことに鑑み、むしろ被告人にとって早い段階の公判が望ましいと考え、平成24年3月26日からの公判期日の打診を受けることとした。 本公判前整理手続のテーマは、公判期日における分かり易さをどう実現できるかであった。  まず、偽造通貨を行使された2名のタクシー運転手の証人尋問の当否である。 従来までの刑事事件では本件のように公訴事実に争いのない自白事件であれば、検察官より提出された被害者調書に同意し被告人質問と情状証人尋問で終わったであろう。しかしながら、裁判員裁判においては、被害者調書を検察官が朗読するのみでは被害状況や被害感情を把握しかねるといった感想が裁判員から聞かれたため、東京地方裁判所では、公訴事実に争いのない事件であっても原則として被害者を公判廷で尋問するという運用がされている。 本件においては、偽造通貨行使罪の被害者であるタクシー運転手2名との間で示談が成立していたこと、また、分かりやすい審理は我々のストーリーの理解にも資するとの判断から、タクシー運転手2名の調書を全部不同意にした。裁判長は被害者を尋問することに積極的であり、検察官との協議により、タクシー運転手2名を証人尋問することとなった。 また、本件においては、タクシー内での2件の偽造通貨行使の状況が全て録画されたドライブレコーダーが2件とも残っており、偽造通貨行使行為一部始終が全て映像で残っていた。 検察官は両ドライブレコーダーの映像を画像解析結果報告書という形式で証拠調べを請求していたが、当職らは審理の分かりやすさの観点から法廷で映像そのものを再生することを提案し、これが受け入れられた。 最終的な証拠の整理においては、検察官の請求した書証は極めて限定され、偽造行為については偽造通貨自体を法廷に顕出して調べること、偽造通貨行使行為にはドライブレコーダーを法廷で再生し、直後に、被害者のタクシードライバー2名を法廷で証人尋問するという視覚的感覚的に分かりやすい裁判を実現するよう三者で合意ができた。

【裁判員選任手続】

平成24年3月22日10時より、東京地方裁判所において裁判員選任手続きが行われた。弁護人らは、理由なし不選任の申し出を行った。 本件においては、本件の通貨偽造行為の容易さ、すなわちパソコンを用いてGoogleから画像をダウンロードし、これをワードに貼り付けて、裏表両面コピーが出来るようにワードで改行を行いながら調整し自宅のプリンターで両面コピーするという一連の行為がどれほど容易な行為かを実感できる世代が裁判員になることを希望していた。 裁判員の理由なし不選任の行使については、賛否両論あるが、弁護人の活動としては、最大限被告人に有利な、理由なし不選任の行使をすべきであると考えている。 結果的に選任された裁判員は、おおよそ、50代男性、40代男性、30代男性2名、20代男性、50代女性という比較的若年の世代構成となった。

【弁護人冒頭陳述】

弁護人冒頭陳述においては、被告人の認識がストーリーとして反映され、かつ証拠とも整合し、さらに裁判員に共感できる内容であることが必須であると研修で指導を受けてきた。すなわち、「なるほどね それがそうなら そうだろう」「目に浮かぶ 子どもでも分かる 物語」である。 本件のテーマは、被告人がいかに稚拙な、短絡的な、幼稚な犯行であったかという点である。被告人に違法の認識が極めて希薄であった点をストーリーで示すことが目的であった。

【証拠調べ及び被告人質問】

検察官証拠調べにおいては、先ほど述べた2台のタクシーにおけるそれぞれの偽造通貨行使の状況が撮影されたドライブレコーダーの映像が法廷の大画面に流れた。映像は事前に証拠開示で確認はしていたものの、深夜に帽子、サングラス、マスク、黒づくめの服装というスタイルに身を包んだ被告人がタクシーに乗り込む様が法廷の大画面に映し出された際、その異様な姿に、一瞬、映像で流すことを提案したことを少し後悔した。この映像のみで、被告人の悪質性を認定され厳罰に処される可能性があるのではないかと。裁判員を少し軽んじていた。 その後、タクシー運転手2名の尋問が行われた。この運転手2名との間では、示談が成立していたが、彼らは、それ以上に、被告人にむけて「被害に遭いましたけれども彼はまじめな人だと思いました。これから頑張って欲しい。」であるとか、「全く彼について恨みに思っていない、応援している。」という言葉を法廷で掛け、被告人の将来に期待している旨証言した。 被告人質問における重要なポイントは、1万円札の偽造及び偽造通貨行使につきどの程度違法の認識があったか、そして、現在において自ら行った行為に対してどの程度罪の意識があるのかを明示する点にあった。弁護人としては、不合理な点があっても本人の認識をありのまま語ってもらうことにした。被告人は偽造通貨を使ったのち相手に発覚しても改めて本物のお金で支払えば許してもらえると考えていた。一般的には合理性がなさそうではあったが、被告人の証言全般から感じられる誠実さと現時点で責任を負う覚悟が感じられると考えたため、ありのままが一番説得的であると考えた。

【論告求刑、最終弁論】

まず、検察官は、一万円札に似た材質を調べ、これを購入した上偽造したものであること、実際一万円札を行使する行為が深夜に暗がりでマスク、サングラス、帽子を被ったうえ、顔が判らないようにして行使したという狡猾な行為であるという点を鑑み、犯行態様が悪質である旨主張した。  また、検察官は、生活費欲しさから犯行動機が短絡的であり、さらにインターネットの画像を入手し、カラープリンターで印刷する等の方法は簡単に真似できるものであり、模倣犯が現れないようにする必要があるという点を悪情状として主張し、懲役4年の実刑判決を求めた。 これに対し弁護人は、イレギュラーな西浦と佐藤による二段階の弁論を行った。 まず西浦が前日までの審理を踏まえ、弁護人の主張として、偽造自体が誰でもすぐに作れてしまう極めて稚拙な方法であること、完成した偽物のお札は杜撰な外観であること、タクシーの運転手への行使行為を明らかに不審なスタイルで行っており稚拙であったこと、偽造通貨が杜撰なつくりであること、行使行為がドライブレコーダーに全て映りこんでおり、無計画な行為であったこと、前科前歴がなく、本件の被害者2名も被告人の反省を酌み寛大な処分を希望していることといった事実を示し、被告人に執行猶予判決を求めた。 つぎに、佐藤が、検察官の論告に対し反論するとともに、検察官は公益の代表者として社会から犯罪の根を取り除くという使命を帯びているが、弁護人は被告人の個性に着目し、当該被告人が犯罪の根とならないよう最も更生に資する結果を求める点で、ともに同じ目的を持っていることを述べた。

【判決】

平成24年3月29日、東京地裁刑事18部は懲役3年5年間執行猶予の判決を下した。裁判所は理由として小遣いほしさという動機、紙幣様の紙を購入して偽造した上、深夜に使用するという犯行は悪質であるとしつつも、完成した偽一万円札が稚拙、原始的であること、きっかけが妹からの依頼であり常習性がないこと、被告人が深く反省し被害者も寛大な処分を希望していることを善情状として量刑判断をした。 最後に裁判所は訓示として、スリランカで一生懸命に働きスリランカの社会に貢献して欲しい、と述べた。

【最後に】

本件においては、本件判決から約10日後の4月8日、被告人は退去強制を待たず、スリランカに帰国した。スリランカに帰国する直前、被告人は成田空港から弁護人の留守電にこう伝言を残した。 「先生、ありがとうございました。自分を信じてくれた裁判官、裁判員、先生方のこと忘れません。私はこれから頑張ります。本当にありがとうございました。」  本件は、裁判員裁判のうち多数を占める公訴事実に争いのない自白事件であった。自白事件において判決をあるべき内容に導く弁護活動は、派手ではないが、やりがいのある仕事だった。被告人と我々弁護人に加え、度重なる接見に常に同行した通訳人の方、直前の資料作成に対応してくれた事務局、スリランカの母親、被告人の通っていた専門学校の先生、皆が1つのチームとなって懸命にチャレンジしたことに達成感を感じている。

「ベテランの驚き」

公判前整理の最後に、裁判長は、「本件の争点は情状」とまとめた。私にとり全くの驚きであった。1976年登録(28期)の老弁護士が新人の時に習ったことは、「自白事件は3回頭を下げればよい」というものだった。1回目は、公訴事実の認否のとき、「被告人と同じであります」と、2回目は、検察官の書証の取り調べ請求に対し、「全て同意します」と、そして最後に、弁論のときに、「寛大なご判決をお願いします」と(弁明すると、私自身は「寛大判決を」と言ったことはない。但し、順番待ちで傍聴席で聞いていると、多くの弁護士がこのように言っていたと思う。)。従って「情状」は陳情であって、争うものではないと何の疑問もなく考えていた。確かに、本件では情状は争点であった。検察官は、「犯行態様が巧妙かつ常習的である」と主張し、弁護人は、「インターネットからダウンロードしてプリントすることは、若者であれば誰でもできる単純な態様であって巧妙とは言えず、印刷したのは1回だけであり、使用したのも、財布に1度入れ、それを順次使ったものであるから常習性はない」と主張した。判決は、この争点について真正面からは言及しなかったが、「偽造通貨としては稚拙で原始的なものにとどまっている」と判示し、少なくとも「巧妙」性については否定した。2つ目の驚きは、弁護人が被害者調書の取り調べに全部不同意したことについて、裁判長は何の制約も試みなかったことである(私には、むしろ歓迎しているような印象を受けた。)。  私の経験では、調書の取り調べに全部不同意しようものなら、検察官は猛然とその理由を弁護人に問い質し、裁判官も、最小限の部分を不同意するように強力に勧告した(そして信念に欠ける私は、結局これに従った。)。本件では、このようなことは一切なく、被害者に対する尋問が行われ、かつ、被告人に大きな成果をもたらし、判決は、「被害者らがいずれも寛大な処分を求めていること」を量刑理由の一つとして認定した。  本件の裁判員の一人は、終了後の記者会見で「凶悪事件ではないので、負担が少ないと思ったが、実際は大変だった」と述べたと報道されている。評議では「量刑を争点」とし、被告人を、「ここで直ちに刑務所で服役させる」(判決)か、「その刑の執行を猶予する」(同)かについて、十分な議論をし、後者を選択したものと推察している。そのプロセスが、裁判長の判決言い渡し後の被告人に対する温かい言葉となったと、これもまた勝手に推察している。裁判員裁判については批判もあるが、本件の経験から、刑事裁判の本来の機能を十分果たしているというのが私の意見である。  被告人は、関係者すべてに感謝して母国に帰った。彼が再び犯罪者になることはないであろう。  西浦弁護人に誘われてはからずも相弁護人を務めることになったので、慌てて、東京地裁所長代行(刑事)の講演に行ったが、「調書は捜査官の心証が記載された文書である」という趣旨の発言を聞いて、新鮮であり、また驚きであった。もちろん、ずーっとそう思っていたが、裁判官、しかも東京地裁の所長代行の口からこう聞くとは思いもよらなかった。

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